未来のかけらを探して

一章・ウォンテッド・オブ・ジュエル
―9話・鼓膜大虐殺―



「あ、おかえりなさい!お怪我は無いですか?」
ひどい目にあったものの、何とか帰った一行をミルザが出迎えてくれた。
「まあ、大した事はねーよ。それより、頼まれたものとって来たぜ。」
「ありがとうございます!これを早速、渡してきますね。」
ミルザが目を輝かせ、聖水が入った水筒を抱えて走っていく。
とりあえず、聖水がツララにされたり熱湯にされたりした事は黙っておく事にした。
もっとも、それで聖なる力が失われていたら大事なのだが。
「大丈夫かなぁ、あれで。」
ミルザの喜びようを見てしまうと、何だかものすごく後ろめたい。
あの狼藉のどちらか一方でも口にでもしようものなら、なにを言われるやら。
「知るかよ……ま、だめならいっそトンズラだ。」
非常に無責任なコメントに、くろっちが呆れたような視線を送る。
「うっわ〜、ロビンひどいねぇ〜。」
「しーらないヨ〜。」
口々にはやしたてるパササとエルンは、思いっきり目が笑っている。
それを見たプーレは、見なかったことにしてあさっての方向を向いた。


一方そんな事があったとは露知らず、
くだんの聖水は、この村でもっとも位が高い白魔道士が受け取っていた。
これからこの聖水に祝福を与えて、解呪の薬に変えるのだ。
神が自ら祝福を授けると言われるこの儀式の準備は、意外なほど簡素。
小さな部屋を閉め切って、祭壇に白い布をかけている他は、
かがり火くらいしか物を置かない。
「さあ、清めの儀式を始めましょう。」
「はい、導師様。」
現在ほとんどの白魔道士は村人の看護に追われているため、
年が行った導師とミルザの二人だけで、儀式を執り行う事となった。
こう言っては何だが、神に意思を伝えられる者が居ればそれだけで儀式は執り行う事が出来る。
二人だけでも全く問題は無いのだ。
「ミルザ、祭壇に聖水を。」
「はい、導師様。」
導師に指示されたとおり、ミルザは祭壇に聖水が入ったガラスの器を置く。
その瞬間、器から異様なものがあふれ出した。
「き、きゃああああ!!!」
「ミルザ!!」
導師の取り乱した声が、小さな部屋の中に響く。




不穏な気配が、ミルザの行った方向から漂ってきた。
危険を本能が告げている。
「あ、あれ何?!」
プーレが指差した辺りの空に立ち上る、にごったアイスブルーの影。
それはその涼やかな色合いとは裏腹に、とんでもない腐臭を放っている。
嗅覚が鋭いプーレ達には、かなりの拷問だ。
「うぇぇぇ〜〜……く〜さ〜い〜!」
「う〜……このにおい……さっきの……?!」
影が一つに凝縮する。
凝縮した影はジェル状に固まり、真ん中に赤い目が現れた。
“クカカカカ……違うな、わが名はファルツィ・オーン”
全てはこの時のため。ヒルフォーン……弟などただの捨て駒だ。”
「まさか……聖水に?!」
うかつだった。
倒してもう安心と思ったのが誤算だったらしい。
いつ宿ったのかは分からないが。
“聖水?ふん、あの水が持つ光の力など微々たるもの。
それよりも、あの業火のほうがまだ厄介だったぞ?”
あの業火とは、たぶん聖水を熱湯にしてしまったときのヒートの事だろう。
この辺り、やはり弟と似ているのかもしれない。
『聖水が……!!』
何事かと外に飛び出してきた白魔道士たちが悲鳴を上げた。
澄みきっていた聖水が見る間ににごり、どす黒い毒水と化す。
水は意思を持っているかのように動き出し、村の上空へ飛んでいった。
「な、何?!」
水が村の上空で停止する。
瞬間、わずかばかりのそれは周囲の蒸気まで取り込み量を増すと、
細かい霧に変じて村中に降り注ぐ。
『――――!!!!』
黒い霧が、うっすらと辺りを覆いつくす。
木々が見る間に生気を失い、哀れにも白茶けた。
「く、苦しい……!!」
急に息が詰まった。どうした事か、呼吸が突然苦しくなったのだ。
体も鉛のように重くなる。
「うう……。」
「なんだろこれ……毒?ちょっとふらふらするヨ〜……。」
パササが地面にへばりつく。
体から力が奪われているような感覚に襲われたのだ。
それは、幼い彼に限った事ではない。
同年代のプーレやエルンをまじめ、ロビンやくろっちを含めた大人達も同じような感覚に襲われている。
次々と力なく地面に倒れていく。
「え、パササも?どーして?パササは毒がきかないんじゃないのぉ〜……?」
“この水……いや、霧には奴の瘴気が入ってる。
それも、地界ならありえない濃度でな!”
ルビーが苦々しく吐き捨てる。
どうやら、無機物である彼らは全く影響を受けないらしい。
その証拠に、石造りの家は変化が無かった。
一方家々の近くでは、木と同じように草がどんどん枯れ始めている。
それを見て、思わずプーレ達や村人は総毛だった。
普通、瘴気は気分が悪くなったり体調を崩すものと知られているが、
それは濃度が薄いときの話だ。
濃度が高くなれば死に至ることもある。
“瘴気は、毒みたいな事にはなるけど毒じゃないからね。
闇の力を持っているか、いつも浴びて慣れていない限り抵抗できないよ。
地界には極稀にしかないから、耐性が無くても仕方ないさ。”
慣れるものということに関してはどこか胡散臭い気もするが、
エメラルドは簡単に説明してくれた。
こんな時でも、あっけらかんとした声の調子なのが頭にくる。
「(仕方ないで……済ませられるのかい?)」
くろっちがぼそりとつぶやいた。
“いいや?”
半疑問形でエメラルドが答えた。
飄々とした態度を取られると、余計に疲れが増す。
ただでさえ、瘴気のせいでじわじわ体力が目減りしていくというのに。
元気なのは六宝珠ばかりだが、
彼らは戦闘に協力はしても自分たちだけで倒してくれた事は皆無だ。
おまけに、すごい力を秘めているらしいのに全力を見せた事さえない。
頼みの綱なのに、悲しいぐらい当てにならないのだ。
“クカカカカ……どうだ、瘴気の味は?
弟の呪いなど、足元にも及ばぬだろう。”
「うぅ……どうすれば……?」
プーレは必死で考えようとするが、
瘴気が体を蝕んでいるせいか気が散って考える事が出来ない。
このままでは全滅する事は目に見えているのに、だ。
「む〜……。」
エルンが、抱え込んでいるハープの弦をピンと爪弾く。
何を考えているのだろうか。
「……エルン?」
パササが不思議そうに彼女に問いかける。
「こーなったら、あいつも気持ち悪くしてやる……!!」
エルンがどこからか調律用の道具を持ち出し、ハープの糸巻きを動かし始めた。
ここをいじって弦を引っ張ったり緩めたりして調律を行う。
ここをいじるという事は、当然音色が変わるわけである。
だが、そのやり方は素人目にも滅茶苦茶にしか見えなかった。
「みんなー……、ごめんねぇ〜。」
エルンが、大儀そうに起き上がってハープを弾く体勢を取った。
まさか。
「や、やべぇ予感……。」
「(別に、勘に頼らなくてもいやな感じだよ……。
皆、早く耳を塞ぐんだ!)」
村人達にはクエクエとしか聞こえない叫びを理解できるプーレ達は、慌てて耳を塞ぐ。
一方の村人達は、真似して耳を塞いだ者や瘴気でそれどころではない者とで反応はばらばらだ。
だが、当のエルンはお構いなし。
「く〜ら〜え〜……スーパーオンチの曲!!」
この世のものとは思えない音色が、村中に響き渡る。
普通ハープでこんな大きな音が出るだろうか。
それにテンポが極端に早くなったり突然止まってみたり、
音の高さがいきなり頂点からどん底まで落ちてみたり全く落ち着かない。
駄目押し的に調律が狂っているせいで、聞き苦しさに拍車がかかる。
時々響く妙な金属音は弦の悲鳴だろうか。
しかもただのハープの音色ではない、
微弱な魔法の力を持つハープの音色は精神的に応えるものがある。
はっきり言って、拷問だ。三重苦を超えている。
『ぎやぁぁぁぁ〜〜〜!!!』
耳を塞いでいても、音波がダイレクトに脳に響く。
あっという間に、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「なんだこりゃーーー?!」
「耳が死ぬ〜〜〜!!」
「助けて〜!!!」
罪の無い一般人の被害は甚大だった。
特に、近くにいたのに耳を塞いでなかった人は、
無残にも耳から血を噴出して倒れている。意識はどこかに飛んでいったらしい。
ロビンとくろっちは気がついていないが、すでにパササやプーレも目を回していた。
そしてそれは敵も例外ではなく、
何とファルツィ・オーンが白目を向いている。
一体どこに耳があるのか分からないが、どうやら気絶しているらしい。
それとも、あの世に行ったのか。それなら非常に喜ばしいが。
「♪おっさかなおにくーおやさいくだもの、草ボーボー?
きーのっこばーくだんぷぷぺぷぴ◇×▼○〜☆」
とうとう意味不明な歌詞までついて、余計に混乱は大きくなった。
曲だけならまだしも、歌までひどい音程だ。
曲にあわせて歌っているのだから、自然そうなるが。
どんな曲にも合わせて歌えるのが彼女のいいところなのだが、
今回は逆にそれが被害を拡大させる。良くこんな滅茶苦茶なテンポに合わせて歌えるものだ。
おかげで、あっちこっちから聞こえる悲鳴も最大級になる。
そしてこの史上最低の屋外コンサートは、エルンの気が済むまで終わる事は無かった。



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エルン大・迷・惑(爆笑)どーいう曲かは各自の想像にお任せします(え
ちなみに彼女は本来なら歌が年の割りにうまいんですよ。真性の音痴じゃないってことで。
ところで、幼稚園児は力いっぱい歌うらしいですね(どうでもいい)
今度、書くときがあったらエルンにまともに歌わせます(笑
最近アホ一直線ですねえ……特に今回とか前回とか。
グリモーが抜けた回のシリアスっぷりはどこかに飛んでいったようです。